長年にわたる海外生活を終えて日本に帰ってきたヒッキーおばさんの相変わらずのヒッキー日記
大学時代、母単身訪中。
1984年 天安門広場にて。
建国35周年記念式典を迎えるため天安門城楼はお色直し中。
つづき一緒に洛陽、西安を巡る。
この10月10日、テレビで生放送されたNコン。
会津高校が全国一の金賞受賞!!おめでとうございます!!
聴いていてその歌詞内容、編曲とも相まって心が震え胸が熱くなりました。
Nコン2026 第93回NHK全国学校音楽コンクール
高等学校の部 課題曲
「まだ旅の途中」作詞:AI 作曲:岸田 勇気/AI 合唱編曲:佐藤 賢太郎
福島県は合唱王国といわれています。
福島県立安積黎明高校、県立郡山高校はコンクール常連の強豪校です。
なお昭和時代には『百万人の大合唱』という映画が郡山市を舞台として制作されています。
元中学校の音楽教師であった母も地元の「おかあさんコーラス」に所属して楽しんでいた時期があります。
私も小学生時代合唱団で歌っていました(こども音楽コンクール全国2位)
もし通っていた高校が男子校ではなく男女共学校であったなら合唱団に入ってこの「まだ旅の途中」のような素晴らしい曲を歌ってみたかったです。
…私もまだ旅の途中…
ぽんずのひとこと
母校のコーラス部、とっても素敵だったことを思い出しました。
今年、会津高校がきんしょうだったのですね。すごいなぁ...
勝手に応援させていただいている、琴人・飛田立史氏から、
写真をいただきました。
ご紹介させていただきます。
氏から
往時、学んだ琴譜が出てきました。
「流水」には琴師王迪先生が鉛筆で書き込みしてくださっています。
「離騒」の減字譜は当時の私が記入したもの。下手ですみません。
王迪先生は幼少時、自宅に老師を招き『三字経』から学ぶといった伝統的教育を受けられました。
(私にこの三字経』を吟誦してくださったこともありました。)
先生はとても伸びやかな美しい字をお書きになる方でした。
後年、私が帰国してからもいただいた先生からのお手紙も様々なお写真また一部ビデオともども大切に保存してあります。
先生が中日友好病院に入院されお亡くなりになる前、ご息女鄧瑩、鄧鴻お二人の手をへて送られてきた私宛のお手紙、その内容は私の心を大きく揺さぶるに十二分のものでした。
落涙…
合掌…
琴師管平湖も王迪先生宅へと出稽古でした。
大学時代、和平街北口の王迪先生ご自宅にお稽古に上がった時に一度お尋ねしたことがあります。
「先生の最もお好きな琴曲は何でいらっしゃいますか?」と
先生は「離騒」と即座にお答えになりました。
琴曲「離騒」は私の最も好きな琴曲の一つでしたので先生と意見が一致したこととても嬉しかったのをおぼえています。
1981年だったと記憶しています。
中央人民広播電台文芸台(中央人民ラジオ局文芸チャンネル)で王迪先生原稿による古琴を題材とするラジオ番組が幾度か放送されました。
なるほど番組の最後の曲に先生が選ばれたのが管平湖演奏録音の琴曲『離騒』(『神奇秘譜』所収 明 洪熙乙巳年 1425年)であったわけです。
当時、「離騒」を収録した市販のレコード、カセットテープなど存在しません。
そこで日本から持参した小型テープレコーダーでこの番組をエアチェック(死語?)録音して聴いていました。
これら「離騒」をはじめとした古琴の旋律、音色に若輩者、青二才であった私は精神的にもどれだけ癒され助けられたことでしょう。
そのことは昭和の中ほどに生を受け、すでに前期高齢者となった私にも今もなお変わらず続いているのです。
~>゜)~<ぽんずのひとこと>~~
氏のご活躍のご様子をご紹介させてください。
先日の演奏会のチラシです。
だいぶ前にお月見琴会のお手伝いをしたことを思い出しました。
あれからいろいろあって、私はまだ氏の生演奏をなかなか聞けないでいます。