長年にわたる海外生活を終えて日本に帰ってきたヒッキーおばさんの相変わらずのヒッキー日記
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勝手に応援させていただいている、琴人・飛田立史氏から、
写真をいただきました。
ご紹介させていただきます。
氏から
後年、入手したレコードです。
時折りこのレコードを引っ張り出し、聴いてはあの時代の雰囲気を追体験しています。
1979年11月13日。
初めての北京での留学生活が始まってからわずか二か月足らず。
45年前、この日の夕べ私は北京市西城区月壇北街にある紅塔礼堂の客席にいました。
中国史上初の日本の音楽大学オーケストラによる訪中コンサートを聴くためです。
ひとつ印象に残っている風景があります。
中国人女性報幕(司会)の「日本東京音楽大学交響楽団、吹奏楽団訪華演出現在開始」の甲高い第一声で演奏会の幕が開きました。
一曲目は中国国歌である「義勇軍行進曲」演奏、次いで二曲目には日本の「君が代」演奏でした。
中国初の日本人音大生オーケストラによる「義勇軍行進曲」の冒頭トランペットの勇ましい演奏がはじまりました。
すると一階席人民解放軍の軍人と思われる軍服姿の一群をはじめ聴衆が席からすくっと立ちあがったのです。
中国国歌の演奏が終わると二呼吸ほどおいて次は厳かな「君が代」の演奏です。
軍人の方たちも引き続き直立したままでしたが座ろうにも座れないといった感情的に複雑な様子がその時の空気から感じられました。
そんな様子が後方からではありましたが二階席の前列に陣取っていた私からはよく見えたのです。
聴衆のなかには戦時中日本と戦った経験、被害を受けたことのある方もきっといらっしゃったことでしょう。
このレコードに収録された「義勇軍行進曲」演奏が始まったところを注意深く聴くと中国人聴衆が席から起立する音がわずかに入っているのに気づくはずです。
コンサートでは日中両国国歌のほか日中欧の新旧織り交ぜて計11曲が演奏されました。
演奏曲目のなかで強く印象に残っているのは水面に映る月影の描写という解説ばかりでなく童年時代を回顧するような美しい旋律を持つ「二泉映月」。
作曲家呉祖強氏編曲によるこの交響楽「二泉映月」はことのほか美しく聴こえました。
私の生まれて初めての「二泉映月」体験はオリジナルの二胡演奏によるものではなく日本のオーケストラによる管弦楽の演奏、それも生演奏だったのです。
本場の中国音楽には触れたこともなくNHKラジオ中国語講座のはじまりの音楽「北風吹」ぐらしか知らなかった当時の私。
レコードジャケット裏面「春の海」の中国語解説のなかで宮城道雄氏が日本箏演奏家ではなく古琴演奏家と紹介されているのはご愛敬でしょうか。
後年21世紀10年代になって東京音楽大学付属民族音楽研究所の公演で弾琴を披露させていただいたり「琴学」の社会人向け講座を担当させていただくことになるなど当時の私は知る由もありません。
この講座には元東京音楽大学学長でもあらせられた伊福部昭先生旧蔵の七絃琴をお借りして持ち込みました。※
きっと当時の北京でのこのご縁が今になって伏線回収されたのでしょう。
そんな気がしています。
ちなみに前年の1978年3月には小澤征爾氏率いるボストン交響楽団のコンサートがここ紅塔礼堂で行われています。
この時孫文の妻宋慶齢女史も病を押して臨席されています。
余談ですが1981年5月に逝去された宋慶齢女史、人民大会堂に安置された宋女史のご遺体に私は留学生のひとりとして告別の列に加えさせていただいたこともありました。
※東京音楽大学付属民族音楽研究所蔵。江戸時代。
~>゜)~<蛇足>~~
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